レオの趣味生活

ラビット乗りのお父さんです、1日5分は趣味を!

別府鉄道廃止2年後

古いネガ写真やプリントをデジタル化していますが、

電子化しただけで安心してしまいなかなか整理できていません(;^ω^)

 

そんな中から、別府鉄道廃止後の写真を。

別府鉄道が廃止されたのは1984年1月です。

その2年後、廃線跡がどうなっているかの確認のため、

ピコ森とちゃりんこで回りました。

おそらく1986年の3月ごろと思われます。

何分カメラの調子が悪く、ピントが甘いのはご容赦願います。

 

こちらは円長寺駅跡。

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素朴なホームと待合所があったはずですが、

既にすべて撤去されています。

 

これは坂井駅跡から北を望んでいます。

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奥に明姫幹線、左にスポーツアルペンが見えています。

何もない田んぼの中にプラット―ホームと待合だけの

駅でした。

 

車庫があった別府港駅跡です。

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別府線・野口線のジャンクションで、最も大きな駅でしたが、

この時点でホーム以外すべて撤去されていました。

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ただの荒れ地になっており、以前の面影は一切なくなっていますが、

これが放置されていました。

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木製の「べふこう」駅名板と、無人踏切の標識(手前に寝転がっている)です。

 

ずいぶんひどい扱いです。

この周囲の茂みには、メガネのようなものがあったので、

何かと思うと腕木式信号機が倒れていました。

 

その後、別府線へ移動します。

喜瀬川橋梁跡です。

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ここは低い橋脚が複数あったはずですが、

すでにすべて撤去されていました。

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このように廃止後すぐに施設撤去されたので、

ほとんど面影は残っておらず、非常に残念だった記憶があります。

 

この後、土山駅に寄って、帰りに東加古川の

ニチイにあった模型店スリーバンブーに立ち寄り

家に帰りました。