仕事関係の飲み会が毎週連続している。
仕事であっても当然ながら経費は自分持ちで全額自腹・・・
今月はこの先まだ3回も控えているので、辛い。
そんな週末の土曜日は快晴だった。
5時50分に自宅を出発し、漕艇場へ。

朝食用お座敷セットを展開し、朝ごはんをいただく。

湿気がなく非常に快適。
帰宅後、仕事で多忙を極める奥さんに日本海を見せたくて、
ハイエースにラビットスクーターを積んで昼前に出発。
鳥取道を経由し、温泉街で有名な鳥取県気高町の浜村を目指す。
3月に山陰をチャリ旅したルートを帰宅後に確認中に知った、
ミシュランに載った浜坂のラーメン屋さん「ホットエアー」に行きたい。
閉店時間は14時、なんとか10分前に店に到着。

なんでも店主は自動車屋さんらしいが、ラーメン好きが高じてラーメン屋も開業したらしい。一応自動車屋もやってる模様。
閉店直前なので店は空いていた。
私は看板メニューの極み塩ラーメン。

早速スープからいただく。
鶏と貝、だし昆布などの深い風味がある。
麺もスープによく絡んでうまい。
チャーシューも確かに生ハムのような感じ。
アクセントのカイワレがまた違った刺激でうまさを引き立てる。
うまかったので一瞬で食べてしまった。
ヒカキンも来た店だそうだ。長男がファンなので、次は連れてこなければ。
腹ごしらえが済んだので、奥さんとラビットスクーターにタンデムしてお茶を飲みに行く。

このラビットスクーターは1968年製だから、今年で58年経過。私が所有して30年がたつ。
ハイエースは高台にある公営ヤサホーパークに停めさせてもらった。
旧山陰道をゆっくり流していく。

巨大ホタテ。

日本海沿いに出た。海原がキラキラして美しい。

倉吉を流れる天神川を渡ると、一面の蓮華畑があった。その向こうは神々の山の大山。

田んぼの中に戦争遺跡があった。海軍の通信所跡らしい。

私は戦跡マニアではないが、戦跡は鉄道と深くかかわるものが多いので、気になる存在である。ここも造成時にトロッコを使用したようだ。
コンクリートの基礎のようなものが点在する中、いきなり道路沿いに地下壕が口を開けている。


風が出てくるのでどこかに通じているようだ。これは結構不気味。
こっちにもある。

そうかと思えばアヒルさんもいる。

ザ・カオスゾーン。
しばらく走り、地場ワインを買おうと醸造所に向かったが、今日は休みだった。

広大な砂丘を農地化したような人気のないゾーンを進む。

再び海岸に出た。荒々しい波が日本海らしい。

奥さんは日焼け止めを塗っている。

日差しが強烈な海岸を西へ進む。

川がある個所はいったん上流へ戻り、橋を渡る。
以前自転車で通った旧街道も走る。

奥さんを連れて行きたかったワク珈琲さんは休みだった。

大山が近づいてきた。

もう米子が近い。
閑散とした海沿いの小学校跡地。

校庭から南を見ると大山が良く見える。

かつてここにはRC3階建ての校舎があった。
今は周囲に人家もなく、海風だけが吹き抜ける更地。諸行無常・・・
海沿いにカーブし、古い集落を抜け国道へ出ると、古民家カフェがあった。

KAZY COFFEEさん。
国道沿いの元店舗を思われる古い建物をおしゃれに改装している。

店内でホットコーヒーとスイーツをいただき、
海風で冷えた体を温めさせてもらった。

時間は16時半、そろそろ戻らないといけない。
5月上旬と言え、快晴だからか結構冷えている。
帰りは最短ルートの国道で浜村まで直帰したい。

奥さんに重装備させて出発。
傾いた日に照らされる大山を横目に東へ走る。

自販機うどんとラビットスクーターのコラボ。

バイパスのおかげで国道は交通量が少なく、安全に走行できた。時速50kmで淡々と走行し、倉吉近くまで戻ってきた。
信号待ちの際に燃料を確認すると、ほぼ空!

スマホでGSを探すと、街中なのですぐに見つかり無事給油できた。


燃料タンクを確認しておいてよかった。この先浜村までの20kmは閑散区間である。スタンドはあってもすでに閉まってるだろうし、危ないところだった。
再び走り出し、海沿いに出ると、ちょうど日本海に夕日が落ちるところだった。


海岸にラビットを停めて夕日を眺める。

夕暮れの防波堤に波濤が押し寄せる。

今日も1日が終わる。
陽が沈んでしまったので、あとはひたすら浜村を目指す。
ラビットのヘッドライトを点灯して出発。
ところが、テールランプが点灯していない。
断線?玉切れ?ストップランプも死んでいる。
幸いなことに交通量がほとんどないので、ばらして確認するよりも暮れきる前に浜村に向かうことにした。
海沿いの寒村を素早く抜けていく。

やばい、もう日が暮れる。

気温は13度ぐらいか、急に下がってきて寒い。急がねば。

間もなく闇に落ちてしまう。

何とか暮れきる前にハイエースに到着。

すぐにラビットをハイエースに積み込んだ。

ハイエースのヒーターをつけ、夫婦で一息ついた。
この公園は足湯があるようだが、すでに真っ暗で誰もいない。次回に入りに来よう。
浜村の温泉街は、花の土曜日なのに人影がなかった。

平成中期ごろまでにぎわった社員旅行は世の中の変化ですっかりなくなり、
団体利用客が激減したそうだ。世の中の変化は一瞬である。
帰りは鳥取道をゆっくり流して帰った。
少し寒かったが、雄大な大山と日本海を眺めながら約60年落ちの旧車スクーターでタンデムするのはなかなかの非日常だった。自転車もいいが、ラビットスクーターも良いものだ。






































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昭和末期か平成初期の町内看板も記録していく。






















































































