レオの趣味生活

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宝殿・加古川の日本毛織専用線(宝殿線①)

日本毛織の専用線の続きです。

 

日本毛織印南工場(加古川市米田町船頭)は、
国鉄宝殿駅からの専用鉄道を持っていました。

 



 

上記のように、全区間山陽本線の南側に沿った単線の路線でした。

 

この専用線については、
日本毛織60年誌及び同100年誌に記載はなく、
沖田祐作氏著、ネコパブリッシング刊の
「機関車表」(これは凄い資料です)しか記録がありません。

 

機関車表には下記(要約)のように記載されています。

 

①日本毛織印南工場宝殿駅側線(正式名称のようです)
所在地:兵庫県高砂市
軌間:1067
区間:宝殿~事業所 1.8km
記事:1921-01-13免許取得(0.78哩)日本通運扱
動力:ガソリン
機関車情報:1923,1934現在自社機
=34年DL(運送会社機?)使用
1953年現在自社機(日本通運機?)使用
車歴:1921年の開通とともに製造納入された。両数は不明。
メーカーはOrenstein&koppel、
ディーゼル(ガソリン?)機関車、B型8トン車

 

②日本通運宝殿営業所側線
以下、路線は①と同じ
機関車等は不明

 

以上のように記載されています。
尚、機関車の図面や写真は掲載されていません。
①と②の記載は内容が重複していますが、
当初ニッケ専用だったのを日通へ移管したのでしょうか?

 

また、機関車は2軸のコッペル製内燃機が使用されたようです。
この写真は方々探しましたが、路線の映像共々今まで見たことが
ありません。
山陽線すぐそばのため、当時目撃した方は多いと思います。

 

開通は大正10~11年ごろのようです。
相当昔ですね。
「地図・空中写真閲覧サービス」による当時の航空写真はこちらです。

 



宝殿駅付近 1947年

 



印南工場付近 1947年

 

宝殿駅は、旧駅舎の東に日通の営業所があり、
2棟の大きな倉庫がプラットホーム上に建っていました。
専用線は2線あり、行き止まりの路線となっていました。

 

山陽線に沿ってうっすら軌道が見えています。
残念ながら車輛らしきものは見えません。

 

昭和38年の宝殿駅付近の地形図です。
はっきりと記載があります。

 



 

尚、地図に注釈した位置に、国鉄からの渡り線があったようです。

 

印南工場付近の昭和38年地形図

 



 

記載上の省略かもしれませんが、
工場に進入してすぐのところで終点となっています。
尚、場内の配線は日本毛織100年誌に記載されているものです。
工場内に機関庫があったと思われますが、
明確な記載はありませんでした。

 

終点付近はトロッコ線が近接していたようですが、
トロッコ線は加古川を渡ってきたため、
地上の専用線とは相当な高低差があったと思われます。
積み替えなど、連絡していたかは不明です。

 

廃止の年月日は正式な記録が見当たりません。
しかし、昭和35年ごろには使っていなかったのではないかと思われます。
昭和50年航空写真に軌道が写ってないので、
昭和40年代前半には撤去されたと思われます。
私の父が昭和36年より宝殿駅から通勤していますが、
興味がないので「知らん」とのことでした・・・

 

この専用線の遺構は、比較的近年まで残存していましが、
近年の開発でほぼ消滅してしまいました。
次回はその状況をレポートします。