レオの趣味生活

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神戸市須磨区妙法寺の弾丸列車工事跡?

私が学生だった1990年当時、
神戸市須磨区妙法寺付近に、謎のコンクリート製橋台がありました。
いつもこの場所を通るたび、何だろうと気になっていました。

 



 



 



 



 

以上は1990年6月に撮影。

 

たまたまその直後に、神戸新聞に下記の記事が掲載され、
勝海舟が開発した炭鉱のトロッコ軌道跡と紹介されました。

 



↑神戸新聞記事より。発行日は失念したが1990年6月ごろ。

 

しかし、橋台南側の築堤が急こう配であり、
トロッコ用橋台にしては異常に規模が大きすぎるので、
本当にそうなのかと思っていました。
また、幕末の日本にコンクリート製橋台があるのかも疑問でした。

 

その後時間は過ぎ、件の橋台と築堤は2000年頃に周囲の再開発で撤去されたようです。
現地はすっかり変貌し、用途不明の橋脚は闇のかなたに消え去りました。

 

結局あの橋台は何だったのか不明のままですが、
ネットでググったところ、
神戸を核に明石や三木、姫路方面へ接続する軍用道路又は軍用鉄道(弾丸列車)の工事跡でないかと言われています。
三木や加西は軍の飛行場があり、地図・空中写真閲覧サービスの1946年航空写真でも、
工事中のような雰囲気であるため、確かに軍関連施設の可能性が濃厚です。

 



↑県道板宿三木線の交差点付近の1946年航空写真
道路?鉄道?工事が行われた形跡がある。

 



↑上写真のさらに西側より。
道路?工事部分は山中で消えている。

 



↑妙法寺川橋付近のアップ。
妙法寺川左岸の橋台も完成していたのか?
また、南の集落へ至る道は隧道があったように見える。

 



現在の蓮池交差点付近のアップ。
奥妙法寺川と横尾へ至る道路をオーバークロスする個所は、
中間にも橋脚があったようだ。
90年当時には既になかったので、道路拡幅で先に撤去されたのか?
尚、46年当時の写真でも桁は架けられていないので、
実際に使用されたことはないようだ。
その西の築堤上には車輛?小屋?のような箱が見える。
現場用の作業小屋か?

 

この工事跡の正体は、
法務局で古い字限図を見れば何かわかるかも知れません。
加古川市内の字限図で、現在の加古川バイパスの位置に、
「弾丸列車用地」の記載があるのを見たことがあります。

 

ただ、この付近は道路幅員が狭くカーブの連続なので、
板宿から白川へ抜ける道の単なる道路改良なのかも知れません。
といっても道路の北端はいきなり山の中で終わってるようなので、
やはり軍用道路かもしれませんね。